鬼の背中に灸をする

知識ではない知恵を鍛えるブログ

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速読とは本を早く読む技術ではなくて・・・誰もが望む○○と出会う方法なのだ

昨夜

古女房「ねぇ、首お願い」といわれ

「ハイ、喜んで!!」←居酒屋かい(笑)

と首と顔面から気を通していた。

10分ほどで終了し

「どうだった?」と聞くと

「足の裏がビンビンした・・・」らしい(笑)

あっ、顔の方は皺しわ婆さんに成らないように、それから、この季節は花粉症で、目が充血気味なので、それを治める為にした。

もちろん、効果はバッチリだ。

所で、ここの所『速読』のことを書いたら、2日で約2000ものアクセスを戴いた。

皆さんには心から感謝申し上げる。

ありがとう!(^O^)/

それで、調子に乗るわけじゃないんだが・・・←実は少し乗っている(笑)

前回、速読について書き切れていない事を今日は書きたい。

当然のことながら、アメリカ人なら英語を学校で習わなくても、英語がペラペラだ。亀仙人速読も、好きで本を読んでいる内に自然に身に付けただけで、座学によるものではない。

最初はそれに何の意味があるのか分からなかった。ただ、迷ったり困ったりした時にいつも本に救われたような気がする。だから亀仙人にとって速読は人生そのものと言っていい。

あっ、もう千文字越えてる・・・
ここから先は、探究心が強い人だけに特別に書く(笑)

正直な所、現世の亀仙人は凡才で、若くして鍼灸師に成ったものの、鍼を打ってもその響きすら感知することが出来なかった。所が門前の小僧ではないが、段々と経験を重ね響きが分かるようになってから、全く違う世界が出現した。

楽器が響く

人の体が響く

歌声が響く

ラジオやテレビが響く

皆、目には見えないがこの世には様々なものが響いている。

しかし、大抵の人は耳に聞こえるものしか響いていると思わないので、大事なものを見落とす。
その事は以前の記事にガマのおっさんとして書いた
biwanohaonkyu.hatenablog.com


人は、それぞれ響きが異なる。

同様に、本もそれぞれ響きが違う。

だから、速読で字面を追わなくて良い。

響きを感知してその本を手に取ったなら

行間に溢れる響きを読む。

響きとは音

だから亀仙人はいつも音を観ていることに成る。

つまり・・・・・・それは観音

何かに意識を向けると、そこに観音が現れる。

遠く彼岸の彼方からやって来るのではない。

それは元々、そこに在るのだ。



ん?ちょっと詩的(爆)

と言うことだ^^
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