鬼の背中に灸をする

知識ではない知恵を鍛えるブログ

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老人施設に入って急に衰える人と元気な人の違いとは?

昨日、『なぜ年寄りが施設に入ると急に衰えるのか?』
について書いた。
www.oni9.net

大勢の方に読んでもらい。

同時に、様々なコメントも戴き感謝している。

その中で、happy-ok3さんとto-ichiさんには
(それとポコちゃんも、笑)

「もう一つの見解も聞きたい」といった

意見を頂戴した。


誠に有難いことだ。

しかし、それは、もしここで書いた所で

変えようがないこと。

変えようがないことを言われても

当事者は悩みが一つ増えるだけで何の希望も無い。

だから書かないことにした。

どうかご了承願いたい。


それよりも、同じ様に施設に入っても

直ぐに寝たきりに成ったり

認知症が進んでしまう人もいれば

それなりに元気で充実した毎日を送る人もいる。

この違いについても考えてみた。

勿論、あくまでも亀仙人の個人的な見解なので

オモシロ半分に聞いて欲しい。


昨日書いたように

人間は、その活動の大半を

無意識に任せることで

生活を円滑にすることが出来る。


その一番良い例は自転車乗りだ。

どんなに運動神経が良くても

自転車に最初から乗れる人はいない。

しかし誰でも、ある程度練習をすると

ある時からスッと乗れるようになる。

そして、一旦そうなってしまえば

やがて晩ご飯のオカズを考えながらでも

転ぶことなく乗れる(笑)


その他、包丁を使って

器用に野菜をきざむのもそうだし

生活の大半のことは

この様に無意識化されることによって

省エネかつ円滑に成されている。


しかし・・・

いかに省エネ化された動きであっても

それを『使う』『使わない』かでは

時間の経過と共に、大きな差異を生じる。


例えば、施設に入れば食事が提供されるから

包丁を『使う必要が無くなる』

又、微妙なベットや椅子の高さの違いによって

それらは従来通り楽に『使えなくなる』

もっともこちらの方は、昨日言ったように

もう一度無意識化出来るまで

『慣れれば良い』のだが

「筋力が落ちたせい」と勘違いして

納得してしまう傾向がある。

自転車に乗るのもそうだが

実際に生活の中で

筋肉を使うことなどほぼないが・・・

そう刷り込まれてしまっているから困る。


よって、施設に入ったら

極力、自分で出来ることを探し続けることだ。

例えば『して貰う』のではなく

『して差し上げる』ならばどうだろう。

自ら能動的に動けば

新しく無意識に出来る動きが増えるし

人からは感謝される。

これなら認知症予防にも成る筈だ。

想像だが、施設に入っても元気な人は

そういった傾向があるのではないだろうか。


所で、ここまで書いて来て

勘の良い人は気が付いたと思う。

「では、無意識化されたものに優劣は無いのか?」


それは「ある」。


例えば、様々な犯罪の中で

『スリは一生直らない』という。


さもありなんと思う。

つまり、頭で如何に更生しようとしても

一旦、体に沁み込ませてしまった

悪癖は直りづらい。


この悪癖、つまり間違った暗示については

又、明日以降書くつもり。


では、皆が幸せな老後を
迎えられます様に!^^

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